天本英世は、インテリジェンス溢れる個性的な脇役や、人間離れした悪役を数多く演じて異彩を異彩を放った「怪優」である。演劇の道に入ったのは、東大法学部時代。国際政治学を学び外交官を目指したが、当時の政治姿勢に失望し道を変えた。 ゲスト役で出演, 「小さなスーパーマン ガンバロン」  氏は私がかつて一時的に暮らしたことのある北九州市若松区の出身である。在住中にもマントを羽織り、商店街を闊歩しておられたと当時よく聞いたものである。 天本は岡本喜八監督に気に入られ、同監督作品の最多出演俳優となった。 神尾主膳役で出演, 「東映特撮ヒーロー THE MOVIE」 大魔王サタン役で出演, 「仮面ライダー」 天本 英世(あまもと ひでよ[1]、1926年1月2日[1] - 2003年3月23日[1])は、日本の俳優。一時期は「あまもと えいせい」の読みを用いていたこともある[1]。福岡県若松市(現:北九州市[1]若松区)出身。本籍は佐賀県鳥栖市[2]。身長180cm、体重65kg。, 1943年(昭和18年)に旧制若松中学校(現・福岡県立若松高等学校)を卒業し、翌1944年に旧制第七高等学校(現・鹿児島大学)に進学した。1945年に19歳で学徒出陣で兵役に召集されたものの、営内では上官に反抗し、その度に鉄拳制裁を受けた。この経験が自身の反骨志向を育む。, 1948年に東京大学法学部政治学科に入学する。大学では国際政治学を専攻し、当初は外交官を目指していたが、当時の政府の政治姿勢に失望し、文学や演劇に没頭するようになった。その後、東京大学を中退して劇団俳優座に所属する[1]。, 1954年に28歳でオペラ『オテロ』において初舞台を踏む。その直後に『女の園』と『二十四の瞳』 で映画に初出演する[1]。当初は『二十四の瞳』では天本の役は明石潮が演じる予定だった。, 1958年に東宝と専属契約を結ぶ。以後、アクション映画や特撮映画などで個性的な脇役として活躍し[1]、また人間離れした悪役を数多く演じた。特に岡本喜八が監督を手掛けた作品にはその大半に出演し[1]、岡本は天本の出演場面を「自分の作品としてハンコを押しているようなもの」とまで語っている[要出典]。, この時期から私生活ではファルーカ(スペイン音楽の一種)とフラメンコを端緒としてスペインに深く傾倒していく(趣味のスペインについて詳しくは後述)。, 1970年代からはテレビドラマに活躍の比重を移し、主に不気味な存在感を放つ悪役として活躍する。1972年に毎日放送『仮面ライダー』で死神博士を演じ、悪役ながら人気を博した[1]。, 1991年(平成3年)からフジテレビ『たけし・逸見の平成教育委員会』に「東大出身」の解答者としてレギュラー出演し、一般的な知名度を一気に高めた。, 2003年3月23日に急性肺炎により故郷の福岡県北九州市若松区にて逝去した。77歳没。地元にあるカトリック教会で葬儀が行われた。2005年10月25日に遺灰がスペイン・アンダルシア州のグアダルキビール川源流に散骨された[3]。, 自由主義者・無政府主義者で[1]、現代の日本に生きる人々に対してラディカルな視点から苦言を呈していた。「国家というものが大嫌い」と述べ、スペインへの移住を熱望し、2000年に発表した著書『日本人への遺書(メメント)』(徳間書店)においても「こんな呆け国家で死にたくない」と記していた。, 天皇制と昭和天皇の戦争責任を不問にしようとする勢力(菊タブーを守ろうとする風潮、自民党政権、文部省)を批判して「テレビの収録で言及すると、その部分は全てカットされる。こういう事をしている限り日本人はいつまでたっても自立できない」と述べている[4]。また学徒出陣の経験は言葉に言い表せないほどのショックを受け、戦後になっても、戦争を賛美するような内容の映画には、依頼を受けても絶対に出演しないという姿勢を貫いた[注釈 1]。長身に対するねたみのために将校にいじめられ、軍が嫌いになり、その延長として左翼的になったという。, 借家が雨漏りして住めなくなって困っていたところ、空き家になっていたクリーニング店の2階を無料で提供され、そこで寝泊りしていた。無料なので遠慮して、昼間で仕事の無い時は公園などで時間を潰していた。この住居には電話も引いていなかったため、仕事の依頼などは近くのあるファミリーレストランに取り次いでもらっていた。その関係もあって天本はそのファミリーレストランに頻繁に来店し、付近の住民にも親しまれていた。, 天本とは年齢の離れた親友であったという二瓶正也は、東宝の美術や衣装の人間らが天本の自宅や衣服の修繕を行っていたと証言している[5]。, 普段着にスカルキャップ・ブーツ・マントを愛用し、その姿のままで出演したドラマも多い。岡本喜八とは風貌が似ており、ロケ先で子供たちから「死神博士が2人いる!」とよく言われ、岡本は機嫌が悪かったという。, 9代目松本幸四郎(初演当時は6代目市川染五郎)が主演を務める舞台『ラ・マンチャの男』は、当初は天本が主演を務める予定であったが、東宝の判断により、人気のある6代目市川染五郎に変更された[5]。, 日本テレビ『星雲仮面マシンマン』出演時に読売新聞のインタビュー[要文献特定詳細情報]に答えたコメントの中で、ロケに同行する過保護な子役の母親たちを批判し、「もっと子供は普段から自由に遊ばせるべきだ」と主張していて、子供好きな面をのぞかせている。また「女はめんどくさい」、「今は毎朝、“死”について考えています」などと語っていた。『星雲仮面マシンマン』については雑誌『季刊 宇宙船』のインタビュー[要文献特定詳細情報]で「子供番組なのにスタッフが子供を大事にしない」と、当時の撮影現場を批判している。, 天本のスペイン趣味は1967年に出演した映画『殺人狂時代』にも表れている。天本が演じる溝呂木博士と仲代達矢が演じる桔梗信治との決闘シーンは、互いの左手首を縛って右手のナイフだけで戦うという「イスパニア式決闘」で行われ、BGMには天本がレコードを持ち込んだファルーカが用いられた。作中では旧制高校仕込みと自称するドイツ語の会話もこなした。, 1968年に公開された映画『クレージーメキシコ大作戦』(東宝 / 渡辺プロ)では山賊の頭領役で出演して、現地人はだしの流暢なスペイン語の台詞を披露している。, 1979年3月から7ヶ月間にわたりスペインを旅行し[注釈 2]、その旅行記を1980年に『スペイン巡礼:スペイン全土を廻る』(話の特集)という著書として発表する。1982年には『スペイン巡礼』の追想記および後日譚となる『スペイン回想:『スペイン巡礼』を補遺する』(話の特集)という著書を発表した。, 俳優としての活動と並行して、フラメンコ・ギターの伴奏や舞踊家によるフラメンコ舞踊を付けた編成で原詩と日本語訳との両方でフェデリコ・ガルシーア・ロルカの詩を朗誦する活動を行っていた[注釈 3]。その他にも、旅行社と協力してスペイン方面へのツアーを計画してそれを引率することもあった。, また、スペイン民俗音楽に関しては日本で屈指のレコード・コレクションを持つ存在として知られていた。本人が生前にスペインにて収集したレコードや工芸品など約5千点余のコレクションは、現在は本人の没後に郷里である北九州市若松区にて設立された「天本英世記念館をつくる会」の有志たちによって保存・管理されている[7]。, 1984年には日本テレビ『星雲仮面マシンマン』で敵役「プロフェッサーK」を演じる。この役も天本のスペイン趣味が前面に出た役柄で、衣装は天本の自前によるものだった。また「Kがスペインで撮った」という設定で劇中に登場する写真も、天本が実際にスペイン旅行中に撮ったものだった。そのスペインに対する熱情のあまり、予定していたスペイン旅行の日程が撮影と重なったことを理由に、番組を途中で一時降板したほどである[注釈 4]。, 2002年には『Spanish Red / The world of HIDEYO AMAMOTO 天本英世の世界』(カエルカフェ)という、自身にとって最初で最後となるアルバムを発表する。本人がスペイン人と日本人について思うところを歯に衣着せずに一気に語り、その途中で「ロルカ13のスペイン古謡」[注釈 5]全13曲の中から、『セビージャの古いナナ(子守唄)』[注釈 6]など6曲の無伴奏による歌唱と各曲解説を披露するという内容だった。, 自身の著書『日本人への遺言(メメント)』では「私は、スペインで死にたい。20回も訪ねて歩きまわった大好きなスペインで死にたい」と記していたが、それは叶わなかった。先述の通り、本人の生前の意志に基づいて、2005年10月25日に遺族および日本とスペインの友人たちの手によって、スペインのグワダルキビール川源流に遺灰が散骨されている。, 『仮面ライダー』で天本が演じた死神博士は仮面ライダーシリーズに登場する悪役の中でも屈指の人気を誇る。天本は、設定から神秘性・怪奇性を強調した大人向けの芝居を行っていたが、怖すぎるとして、演技を子供向けに抑えるよう注文されたという[9]。この役で用いた小道具の指揮棒は、本人がエジプトに旅行した際に購入したもので、「こういう役が多いもので」買い求めておいたものだそうである[9]。, 晩年の発言の一部から、死神博士の役を嫌っていたかのように誤解されることがあるが、天本が嫌っていたのは、死神博士のことばかりことさらに強調する一部のファンやマスコミであり、死神博士の役そのものを否定したことはない。子供のファンから請われれば喜んで「死神博士」と似顔絵入りでサインしていたことや、仮面ライダー関連の公式なキャストインタビューには真摯に応じて、衣装や演技のことなどを語っていたのがその証だが、成人後も子供向け特撮番組だけに熱中するオタクには「世の中にはもっと大切なものがある」と厳しい態度を取っていた。, NHK『まんがで読む古典・雨月物語』に上田秋成役で出演した際、「わしも昔死神博士として、ショッカーという妖怪軍団を率いておった」という台詞を述べたこともあり[出典無効]、晩年には新宿駅の地下街で本人とすれ違ったファンが思わず「あ、死神博士だ」と呟いたところ、天本は「左様」と答えて去っていったというエピソードもある。, 2005年に公開された『仮面ライダー THE FIRST』では、『仮面ライダー』で使用された死神博士の映像に丸山詠二が新たに声を当て、デジタル出演という形で登場している[1]。, フジテレビ『たけし・逸見の平成教育委員会』の生徒役(解答者)としてレギュラーで出演し、放映開始から1993年3月の「卒業」までほぼ皆勤であった[注釈 7]。国語に関してはずば抜けた好成績を修めていた反面、理数系の問題ではほとんど正解できず、算数の問題になると時に問題文を読むことを放棄し、解答する気がないような態度を示すほどに苦手としていた。国語が得意ということで文学部出身と間違われることも多く、法学部出身の経歴を意外がられることもあった。先生役の北野武が遂に「天本君は算数の問題があと1問でも正解したら、海外留学を差し上げます!」と断言。リーチがかかっていた「たけし落とし」を完成させ、世界一周留学の旅を獲得した。, 国語の授業において、「二文字熟語をつくる」というもので「芸文」と解答したが、はじめ正解とされなかった。そこで「『芸文』ってあるんですよ!」と反論し、逸見政孝に辞書を引かせた結果、掲載があったため正解となったことがある。また、出題者側が「あられもない」という解答を想定していた問題で「しどけない」と解答し、一旦不正解となるが、やはり辞書での確認を求め、同義語であることが確認されて正解となったこともある。ほかにも、読み方を答える設問で「模る=かたどる」「具に=つぶさに」と正解を出した唯一の回答者でもあり、スタジオ内を沸かせていた。, 番組のオープニングで、勉強小僧が「今日の生徒〜」と出席生徒をテロップ入りで紹介する際、渡嘉敷勝男が「わたしゃもう少し背がほしい」とテロップで紹介された後に、天本が「半分やるから家をくれ」と紹介されたこともあった。他にはうじきつよしが「軽音楽部の部長」と紹介された後、天本が「謎の帰宅部」と紹介されたこともあった。(レギュラー時には、天本が最後に紹介されることが多く、いわゆる『オチ』に使われることが多かった。), 『平成教育テレビ』でも番組の大部分に出演したが、「先生というのは、『自分は馬鹿です』と言っているようなもの」とつい本音を言ってしまい、北野や逸見、ほかの共演者を慌てさせている。また、一度「卒業」で番組を降板するも、後に卒業生枠ができて1期生も再び番組出演するようになると、天本も番組に登場して笑顔で点呼に応えていた。, 1993年に逸見が没した直後の緊急追悼番組にゲスト出演し、「自分の方が生き残ってしまった」「人間は年老いた者から順番に死んでいくものなのに、逸見さんはあまりにも早過ぎた」と、語気強く無念さを語った[出典無効]。さらに、『平成教育委員会』のプロデューサーを担当していたイーストの越真一が同年に自殺したことも指摘し、「逸見さんは(越から数えると)2人目の犠牲者だ。この業界は狂ってる。あんな番組にケタケタ笑って出たくないですよ!

同作では天本のプロデュースにより、劇中音楽としてフラメンコを取り入れたり「イスパニア式決闘」シーンを織り込むなどの演出が施されている。[出典1], 映画や舞台以外では、時代劇やドラマ、バラエティー番組などに多数出演。

野田校長役で出演, 「博奕打ち いのち札」 天本といえば、身長180cmと大正生まれにしては突出した長身で、不気味な雰囲気を漂わせる怪優として映画界、テレビ界で重宝された人物。 親交を深めた天本はその後、同監督作『二十四の瞳』に出演し主演・高峰秀子の夫役を務めた。[出典1], そのころはまったくの素人で、目標も何もない。俳優になってはみたものの、何をやりたいというのもない。 海堂博士役で出演, 「侍」 。クラウドに好きなだけ写真も保存可能。, このショッピング機能は、Enterキーを押すと商品を読み込み続けます。このカルーセルから移動するには、見出しのショートカットキーを使用して、次の見出しまたは前の見出しに移動してください。, ご自身の確固たる信念と哲学を貫き通された人生。一読して、そんなことを感じます。ご著書の中で、こう言われていたのが心に残ります。「戦争という、相手の国や人を殺すことが目的ではなく、自由であろうとする個人の闘いが、平和の中でこそ必要なのではないか。」, 韓流ドラマは常々兄弟でも血縁でも我が子のために殺し合う。三国志やらの華流ドラマも同じ。はたして「のんきな日本人」はおめでたいのか?めでたいのか?わかりません。中華や朝鮮人が、はたしてめでたい人種ですか?違う! 清兵衛の子分弥八役で出演, 「二十四の瞳」 不思議な作家を演じた天本英世氏. 伊佐山嘉利役で出演, 「EAST MEETS WEST」 いよいよ最終回を迎える大人気ドラマ『半沢直樹』(TBS系)で、主人公・半沢直樹(堺雅人)の宿敵である東京中央銀行の取締役・大和田を演じる香川照之(54歳)は、1988年に東京大学文学部社会心理学科を卒... 映画日和「二十四の瞳」新旧の映画を紹介するコラム。今回は、「二十四の瞳」(木下恵介監督/1954年/日本/出演:高峰秀子、天本英世、夏川静江、笠智衆ほか)。1973年生まれの記者は、二つ上の兄、両親、... 窪塚洋介、You Tube動画に違和感「何も考えさせたくない人が…」“間”の必要性を説く, 『キワドい2人』実は、実は、実は……次々に真実が明かされマトリョーシカ状態の最終回, Web Pushは、エキサイトニュースを開いていない状態でも、事件事故などの速報ニュースや読まれている芸能トピックなど、関心の高い話題をお届けする機能です。 登録方法や通知を解除する方法はこちら。. 真木(ギャング)役で出演, 「三大怪獣 地球最大の決戦」 日本人への遺書/天本 英世 - かつて私が好きであったこの国とこの国の人たちへ捧ぐ。齢を重ねるにつれて「非国民」となった俳優・天本英世が、これまで歩んできた道筋や俳優として...紙の本の購入 …